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聖書の話 2026.07.05

聖書:ヨハネ2:1-11 題:有り余る恵み 中心聖句:まことに私のいのちの日の限りいつくしみと恵みが私を追って来るでしょう。 詩篇23:6 賛美:198 God Bless You   おはようございます。今日より6回に渡りイエス様の行われた奇跡の出来事を見てまいります。皆さんは、どんなことを奇跡と呼んでおられるでしょう。AIによりますと、二つの定義をしていました。一つは、人間の力や通常の自然法則を超えて起こる神秘的な出来事、そして、もう一つは、きわめて確立が低く、驚くべき幸運な出来事,と説明していました。私は、栃木に帰ってまもなく、ある集会に参加し、「今日あなたに出会えたのは、奇跡でした」と参加者の一人から言われ、ビックリしてしまったことがありましたが、今思えば、あなたに会えてとても幸運だったという気持ちを現わされたのでしょう。   さて、イエス様の奇跡は、どうだったでしょうか。単に非常に幸運だったでは、すまされません。まさしく、人間の力や通常の自然法則を超えた数々の出来事でした。今日見てゆきます奇跡は、イエス様が宣教活動され、一週間も立たない中での出来事でした。   場所は、イスラエルの北部、ガリラヤのカナ。そこに結婚式あり、イエスは、弟子たちと一緒に参加されました。その場には、母マリヤの存在も伺われます。多分、彼女の親戚の結婚式であったであろうと言われています。当時の婚礼は、七日間続き、村の盛大な行事として持たれたということです。集まった人々には、沢山の食べ物、飲み物がふるまわれ楽しい宴が持たれていたのではないでしょうか。そんな中、一大事が起きました。食事と共に供されるワインが切れてしまったというのです。   それに気づいたマリヤは、即イエス様の所に問題を持って行きました。「ぶどう酒がありません」(ヨハネ2:3)イエス様だったらお答えしてくれると思ったのです。すると、意外なお答えが返って来ました。4節に次のようにあります。「女の方、あなたはわたしと何の関係がありますか。私の時はまだ来ていません。」(2:4)何か、冷たいというか、親子とは思えない、一歩距離を置いた話し方であり、返答です。確かにこの時、イエス様は、マリアとの血肉関係から離れ、天の父のみ旨に従い自分自身を救い主として民に現わす公生涯へと移られた時でした。...

集会案内

  【定期集会】  主日礼拝式     日曜日10:30-11:30   祈 り 会     水曜日10:30-11:30  【その他の集会】  子ども英会話     第2、第4土曜日(祝祭日お休み)  時間:10:00-11:00  対象:未就学児から小学生までの子ども(父兄同伴可能)  会費:参加者(大人、子供)それぞれ100円(3才未満は無料)  大人英会話      第2、第4水曜日(祝祭日お休み)  時間:14:00-15:00  対象:大人  会費:一人100円  バイブルクラス    第1,第3金曜日(祝祭日お休み)        時間:14:00-15:00  会費:無し  内容:日本語と英語の二か国語の聖書を使用  句   会     第4金曜日(1,3,5,7,9,11月)※祝祭日お休み  時間:14:00-16:00  対象:俳句に興味のある方  会費:100円  子ども集会  年3回(イースター、夏休み、クリスマス) ※英会話、句会、バイブルクラス、子ども集会のお問い合わせ先  080-6625-3633           グレイ                        

聖書のお話2026.06.28

【聖書箇所】マルコの福音書10:32~45 【説 教 題】弟子の道 【中心聖句】あなたがたの間では、そうであってはなりません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。(マタイ20:26) 【説 教 者】黒田 明 【新 聖 歌】385or404     過ぎ越しの祭りが近づき、大勢の人々がエルサレムを目指して旅をしていたときのことです。主イエスさまと弟子たちもエルサレムへ向かって旅をしていました。ところが、エルサレムにはイエスさまを憎む祭司長やパリサイ人たちがいました。どうやら、彼らはイエスさまを捕まえては殺そうと探し回っていたのです。それでも、イエスさまはそのことをご存じの上で、父なる神さまによる救いのご計画のゆえに、みこころに従ってエルサレムへと向かわれたのです。なお、イエスさまはこのとき12弟子と他の多くの弟子たちの先頭に立って歩いて行かれました。 そんなイエスさまの後ろ姿を見て、弟子たちはいつもと違う何かを感じたようです。というのも、「 弟子たちは驚き、ついて行く人たちは恐れを覚えた 」と32節にあるからです。思うに、弟子たちはイエスさまの後ろ姿が何か勇ましく見えたのではないでしょうか。しかし同時にイエスさまの後ろ姿が孤独にも見えたかもしれません。というのも、弟子たちはかつてイエスさまからご自身の受難に関する予告を聞いていましたから、その迫り来る死を彼らなりに察知したのかもしれません。「 弟子たちは驚き、ついて行く人たちは恐れを覚えた 」という表現には、そんな緊迫した様子が描かれているのだろうと思うのです。 ともあれ、そんな弟子たちの様子を感じとったイエスさまは12弟子だけをそばに呼ぶと、歩きながら次のようにお話しになられました。33節と34節。そうです。イエスさまはご自身がエルサレムでユダヤ人の指導者たちに捕まり、十字架にかけられることを再び予告されたのです。しかし3日目によみがえるともおっしゃいました。ところが、弟子たちにはその意味するところが十分にはわかっていませんでした。そのことはヤコブとヨハネがイエスさまに近づくと、イエスさまに申し上げた次のことばによってわかります。35節から37節。そうです。彼らはイエスさまがユダヤ人の王になる日が近づいたのだと思い違いをしていたのです。そのためヤコブとヨハネは王の...

聖句 書道

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写真2024.09.22

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ご 挨 拶   「人生は出会いで決まる」とは、ユダヤ人哲学者マルチン・ブーバーのことばです。人は誰と出会うかで、その人の生き方、人生が決まるというのです。 私の知る限り、イエス・キリストとの出会いによって、多くの人々が喜びと希望と感謝のある新しい人生に変えられています。 そこでいかがでしょうか。あなたもキリストにある新しい人生を私たちの教会で求めてみませんか。 あなたのご来会を、心よりお待ち申し上げております.                              牧師:黒田 明