聖書の話 2026.02.01

聖書:ネヘミヤ1:1-4,2:1-8

題:すべては祈りから

中心聖句:あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。

                         (エペソ6:18)

賛美:196 祈れ物事         説教者:グレイ恵子信徒教師


 おはようございます。本当に早いもので、今年も今日から2月となりました。新春のお正月をお祝いしたかなと思ったら、今度は、一年で一番寒さの厳しい月を迎えてまいります。この月を通らなければ温かな春がやってまいりません。私たちの人生もこれに似たところがあることでしょう。今、皆さんは、人生の春を通っておられるでしょうか。それとも、状況の厳しい人生の冬をとおっておられるのでしょうか。春にせよ、冬にせよ、人生の四季折々を支えて頂く大切な秘訣を今日のお話しから学ぶ事が出来たらと願っております。今日のテーマは、「全てを祈りから」です。

 

 時は、紀元前445年の頃、王妃エステルの登場から20年ぐらい後のお話しです。その時の王は、クセルクセス王からアルタクセルクセス王に世替わりをしていました。ある日のこと、王の献酌官をしていたネヘミヤのもとに、ユダヤから数人の人々が彼に会いにやってきました。その時、ネヘミヤは、祖先の地、ユダの地について、人々の様子や都エルサレムの状態について尋ねてみました。すると、その現状はなんと彼のこころを突き刺すような内容だったのです。それが、今日の三節にあります。「あの州で捕囚を生き残った者たちは、大きな困難と恥辱の中にあります。そのうえ、エルサレムの城壁は崩され、その門は火で焼き払われたままです。」


 それまでも、祖先の地を案じていたであろうネヘミヤにとっては、それは、ショッキングなことでした。彼は、その時の自分の様子を次のように記しています。「このことばを聞いたとき、私は、座り込んで泣き、数日の間嘆き悲しみ、断食して天の神の前に祈った。」彼は、涙を流し、嘆き悲しみました。しかし、嘆くことだけではなく、断食し、主の前にこころを注ぎ祈ったのです。その時の祈りが、5節から11節にあります。主の御名を崇め、悔い改めととりなしの祈りをもって、ユダヤ民族の為に主のあわれみを祈ったのです。


 それから四か月がたったある日のことです。ネヘミヤは、いつものように、王の献酌官の務めをしていました。献酌官とは、古代王宮で王の飲み物に毒がないか毒見をし、注ぎ役を務める役職で、王の信頼が厚く、政治的助言も行う重要な存在でした。しかしながら、この時のネヘミヤには、いつものネヘミヤと違っていました。気が沈み、元気がなく、顔色も悪かったのです。しかし、その彼の様子が王の注意を引いたのです。王は、ネヘミヤに問いかけました。「病気でもなさそうなのに、なぜ、そのように沈んだ顔をしているのか。きっと心にに悲しみがあるに違いない。」(ネヘミヤ2:2)


 この王からの気遣いのことばによって、ネヘミヤはいままで自分のこころにしまい、苦しんできたことを語るきっかけを頂けたのです。彼は、王を恐れつつも自分のこころにある悲しみや苦しみを素直にあらわすことが出来ました。「王よ、永遠に生きられますように。私の祖先の墓がある都が廃墟となり、その門が火で焼きつくされているというのに、どうして沈んだ顔をしないでいられるでしょうか。」(2:3)すると、王は、彼のこころの痛みを聞き流すことなく、ネヘミヤの心に寄り添い、次のように言い返してくれたのです。「では、何を望んでいるのか。」


 この返答によって、ネヘミヤは、さらにこころの中にあることを王の前で語ることが出来ました。それは、この4か月、主への祈りを通して、ネヘミヤに語られた彼の使命、そして、そのための方策を王にお願いすることだったのです。しかし、それには、勇気のいることでした。ひっとすると王の機嫌を損ない、彼を怒らせてしまい、断わられるかもしれない不安があったでしょう。しかし、ネヘミヤは、勇気をもって答えたのです。しかし、彼に必要だったものは、勇気だけではありませんでした。その直前に彼がしたこと、それは、主なる神への祈りでした。


 4節には、つぎのようにあります。「私は天の神に祈ってから、」この祈りは、前の章の5節から11節で彼が祈ったお祈りとは違っていました。ほんの瞬間的な祈りであったことでしょう。しかも、王には気付かれないように、心の中での短い祈りだったのではないでしょうか。祈りには、この様に色々な祈り方があります。そして、その後、ネヘミヤは勇気をもって、彼の思いを王に伝えたのです。「もしも王が良しとされ、このしもべにご好意をいただけますなら、私をユダの地、私の先祖の墓のある都へ遣わして、それを再建させてください。」(2:5)


 するとどうでしょう。叩いた扉は、開かれたのです!その時、王妃も側に居て、二人からの祝福を受け、彼は、無事にエルサレム再建に向かう許可を受けたのです。そればかりだけでは、ありません。再建の為の木材調達や通行手形の為の王の手紙、そして、王からの家臣や騎兵隊をもお供につけてもらうことが出来たのです。


 以上、今日は、エルサレムの城壁の再建のリダーであったネヘミヤが、どのように捕囚の地から送り出されていったかを見させて頂きました。このお話を通して、私たちはどんなことを学ばせてていただけるでしょうか。今日の中心聖句には、つぎのようにあります。あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。(エペソ6:18)


 私は、毎年マザーテレサのカレンダーを愛用していますが、そこには、マザーの信仰体験を通して与えられたことばが記されています。丁度、2月のところには、「すべてのことは、祈りから始まります。」と書かれています。これによって、主のしもべであるマザーもいかに祈りを大切にしていたかがわかるのではないでしょうか。今日の中心聖句とともに、此のマザーのことばもこころに留めさせて頂き、且つて、私たちの先,先、先輩であるエレミヤもいつも祈りを第一にしていたことを忘れず、私たちも、日常起こる色々なこと、すべてを祈りにお捧げして行く一年でありたいと願うのです。聖霊の豊かなお導きと御支えをお祈り致します。


 主よ、今年一年、この地上で捧げられるあらゆる祈りを主がお聞きくださり、みこころをもって、豊かに叶えて下さいますように、救い主、イエス・キリストのお名前でお祈り致します。

                                    アーメン

 

   

    あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。

                         (エペソ6:18)

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