聖書の話 2026.09.13
【聖書箇所】創世記7:1~24
【説 教 題】ノアと箱舟
【中心聖句】ノアは正しい人で、彼の世代の中にあって全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。(創世記6:9)
【説 教 者】黒田 明
【新 聖 歌】243罪人たちのために
今回は、人類最初の殺人事件が起こって後、世界中にたくさんの人間が住むようになったときのお話になります。悲しいことに、人々はウソをついたり、ケンカをしたり、人のものを盗んだりと、地上にはこのように人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾いていました。そもそも、神さまを神さまとしてあがめず、感謝もせず、神さまのことを人間はすっかり忘れてしまっていたからです。
でも、たったひとりだけ神さまの前に正しい人がいました。ご承知のとおり、その人の名は「ノア」と言います。彼はどんなにか人の悪が増大している中にあっても、神さまから目を離さず、みこころにかなった生活を送ることができるよう心がけていたのです。また家長としても、彼はその責任を果たすべく、家族のひとりひとりのために祈り、彼らを神を畏れ敬う信仰へと導いていったのです。
ところで、堕落と暴虐とに満ちたこの地上をご覧になられた神さまは、その有様にたいへん心を痛めておられました。けれども、いかんせん、人のした悪の増大に歯止めがかからないことから、この地上の悪を洪水によって全面的に滅ぼすという悲しい決断を下さなければなりませんでした。そこで、神さまはノアに対して、これから行おうとしているご自身の計画を打ち明けられました。すなわち、堕落と暴虐とに満ちたこの地上を洪水によって全面的に滅ぼすことを彼に語られたのですが、一方、神を畏れ敬う者に対しては「箱舟」による救いがあることを彼に約束したのです。
そこで、ノアは息子たちの手をかりながら、神さまの仰せのとおりに箱舟を造ることにしました。しかも、その箱舟はとてつもなく大きなものでした。6:15によると、その長さは約135m、幅は約22m、高さは約13mにもなります。また、箱舟には明かりとりとしての天窓が作られていましたし、神さまの指示どおりに造られた箱舟は、いくつもの小部屋に仕切られた三階建ての構造にもなっていました。
さて、こうしてついに箱舟完成のときがやってきました。すると神さまからの語りかけが再びノアに対してあったのですが、それが本日の聖書箇所になります。ここでは、ノアと彼の妻、また彼の3人の息子たちとその妻たちとはいよいよ神さまの仰せのとおりに箱舟の中に入ることになります。また、動物たちも箱舟の中に乗り込ませました。食べる物もできるだけたくさん積み込んだことでしょう。また、箱舟に入ってから大雨が降るまでに7日間の猶予がありましたから、箱舟を造っているときから雨が降るまでの間、ノアは必死になって人々に警告を発したに違いありません。しかし、悲しいことに箱舟の中に入ろうとした人は、ひとりもいませんでした。そこでついに生死を分けるいのちの戸を閉じるときがやってきました。16節の後半によると、その戸を閉じたのはノアではありませんでした。神さまご自身が、生死を分けるいのちの戸を閉じられたのです。
するとまもなく雨が降ってきました。しかも、雨は休むことなく40日40夜降り続きました。そればかりではありません。大地の大きな割れ目からも水が噴き出してきたものですから、いよいよ川はあふれ、水は一面に広がり、木も家も飲み込まれてしまいました。さらに驚いたことには、どんどんと水は増え広がり、高い山々の頂をもおおうほどになり、ついには水の上にあるのは箱舟だけとなってしまったのです。
さあ、そこで今回のまとめに入りますが、ここでは2つのことを取り上げたいと考えています。1つは、「ノア」について、もう1つは「箱舟」についてです。そこでまずは、ノアについてですが…。彼からは、「一貫した信仰」ということと「信仰の従順」ということ…、そしてその結果である「家族の救い」ということをみることができるのではないでしょうか。すなわち、彼の神への信仰はいつも一貫していました。信仰生活には順境のときもあれば、逆境のときもあるわけですが、状況がどう変わろうとも、彼の神への信仰は常に変わらず一貫していたということを知るとき、私たちはそのような彼の信仰を見習いたいと思うのです。さらには、神さまから箱舟を造るように言われたとき、彼はそれに従いました。また、箱舟に入りなさいと言われたときにも、彼はそうしました。要するに、彼にとって「神さまを信じるということ」と「神さまに従うということ」は、まるで車の両輪のようなものであり…、私たちはそのような彼の信仰の従順に対しても見習う者でありたいと思うのです。そして、彼が神さまを信じ続け、また従い続けた結果が家族の救いであったということをみるとき、自分の家族の救いのために祈ったのだけれども、家族が信じてくれないので、もう祈ることをやめてしまったという方にとりましては、家族の救いのために再度、崩れかけてしまった祈りの祭壇を築きなおして、今度はあきらめずに祈り続けていこうという気持ちにされたのではないでしょうか。
さて次に、彼とその家族、それにたくさんの動物たちを救った箱舟についてもみていきたいのですが…。ご承知のとおり、箱舟に入るなら誰でも救われるとのメッセージは神さまからのものでした。神さまがノアに語られ、ノアが人々に語って聞かせたからです。ところが、当時の人々は、さばきも箱舟による救いも信じようとしませんでした。それどころか、ノアの語ることをまったく愚かなこととしたのです。
では、今の時代はどうでしょうか。聖書は、今に生きる私たちに対して、次のような警告を発しています。すなわち、堕落と暴虐とに満ちていたノアの時代は洪水によって滅びましたが、次にそのような時代が来ると洪水よりももっとひどい、今度は火による全面的な滅びがあると…(ルカ17:26-30、Ⅱペテロ3:6-7)。しかし滅びだけでなく、もう一方においてはイエス・キリストによる救いがあることを、聖書は明確に約束しているのです。要するに、今日の私たちにとってイエス・キリストは、言わば「救いの箱舟」であり、彼を信じる者は誰でも救われるとのメッセージが、今や、全世界に向けて語られているということです。
さあ、そこで最後に皆さんにお尋ねいたしますが、あなたはこのメッセージを聞いて、イエス・キリストによる救いをどのように受けとめていらっしゃるでしょうか。願わくは、ノアのときの出来事を教訓として、聖書の語る警告には真剣に耳を傾け、また神さまからの無償の賜物としてのイエス・キリストの救いには感謝してこれを受け入れる者であっていただきたいと思うのです。
【恵みの分かち合い】
ノアの時代と今の時代とを比べて、似ているところがありますか。
私たちにとって、「箱舟に入る」とはどういうことですか。