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集会案内

  【定期集会】  主日礼拝式     日曜日10:30-11:30   祈 り 会(祝祭日お休み)     水曜日10:30-11:30  【その他の集会】  子ども英会話     第2、第4土曜日(祝祭日お休み)  時間:10:00-11:00  対象:未就学児から小学生までの子ども(父兄同伴可能)  会費:参加者(大人、子供)それぞれ100円(3才未満は無料)  大人英会話      第2、第4水曜日(祝祭日お休み)  時間:14:00-15:00  対象:大人  会費:一人100円  バイブルクラス    第3金曜日(祝祭日お休み)        時間:14:00-15:00  会費:無し  内容:日本語と英語の二か国語の聖書を使用  句   会     第4金曜日(1,3,5,7,9,11月)※祝祭日お休み  時間:14:00-16:00  対象:俳句に興味のある方  会費:100円  子ども集会  年3回(イースター、夏休み、クリスマス) ※英会話、句会、バイブルクラス、子ども集会のお問い合わせ先  080-6625-3633           グレイ                        

聖書のお話2026.10.18

聖書:創世記25:29-34、27:5-10,41-46 題:主のみこころ 中心聖句 : 愚かにならないで、主のみこころがなんであるかを悟りなさい。」エペソ5:17 賛美:333 神の時の流れの中で  おはようございます。先週は、アブラハムの二回目、やっと授かったイサクをモリヤの山で、主へのいけにへとして捧げる場面でした。緊迫したギリギリのところで、主なる神がアブラハムの手を止め、イサクのかわりに一匹の雄羊を与えて下さいました。みなさんもドキドキしたのでないでしょうか。主なる神は、このようにアブラハムの信仰を試すと共に、私たちの必要を満たすお方であることを学ばせて頂きました。  さて、今日は、アブラハムからイサクに移り、彼の家族の人間模様を見てまいります。イサクは、40歳の時、母の兄の娘、すなわち従兄にあたるリベカを妻に迎えました。その時、すでに母であるサラは亡くなっていたということですので、イサクはその妻によって大きな慰めを受けました。しかしながら、リベカは「不妊の女であった」とあるように、彼らには子が与えられずにいましたが、祈りによって、やっと子が与えられたのです。  しかしながら、二人の子は、生まれる前から胎内でぶつかり合っていました。リベカは心配になり主のみこころをもとめました。すると、主は、次のことばを彼女に語られたのです。「二つの国があなたの胎内にあり、二つの国民があなたから分かれ出る。一つの国民は、もう一つの国民より、強く、兄が弟に仕える。」(創世記25:23)このように生まれるまえから二人の兄弟への預言が神から与えられていたのです。すなわち、「兄が弟に仕える」ということです。リベカは、そのことを心にあたためていたことでしょう。  さて、そのように預言された二人は、どのような人物へと成長していったでしょうか。二人は、双子といっても非常に対照的でした。兄のエサウは、毛深く、野の人で狩人となり、そして、弟のヤコブは、穏やかな人で天幕に住んでいたとあります。どちらかというとおとなしく、両親のそばで手伝いをしていたのでしょう。また、両親のそれぞれの子への愛情も違っていました。リベカはヤコブを愛し、イサクはエサウを愛していました。そのような事情は、兄弟関係にも陰を落としたことでしょう。そんな中で、ある事件が起きたのです。それがこれからの二人の人...

聖書の話 2026.10.11

  【聖書箇所】創世記22:1~19 【説 教 題】信仰の試練 【中心聖句】【主】の山には備えがある。(創世 22 : 14 ) 【説 教 者】黒田 明 【新 聖 歌】316御言葉なる  日本には、子どもを最上の宝とすることわざがたくさんあります。「子は第1の宝」、「千の倉より子は宝」、「子に勝る宝無し」等々。なお、アブラハムにとって1番の宝は何だったでしょうか。やはりそれは息子のイサクだったのではないでしょうか。なぜなら、イサクはアブラハムが年老いてから与えられた待望のひとり息子だったからです。そればかりではありません。アブラハムにとってイサクこそが、神さまの約束である「子孫繁栄」の保証でもあったからです。そのため、アブラハムと妻のサラは息子イサクをこよなく愛し、大切に育てていきました。  ところが、ある日のこと、思ってもみなかった神さまからの語りかけがアブラハムにありました。「アブラハム。あなたの愛しているイサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そして、その山で全焼のいけにえとしてイサクを私にささげなさい」と…。神さまはどうしてそのような要求をなさるのでしょうか。第1に、全焼のいけにえとしてささげるとは、ここでは動物でなく人の命をささげるということです。神さまが愛であるなら、どうしてそんなことをおっしゃるのでしょうか。第2に、「最愛の息子をささげなさい」と言われたところで、どうして親が愛する子の命をささげることができるでしょうか。第3に、もしその子の命をとってしまったら、彼こそが子孫繁栄という神さまからの約束の保証でもあったはずなのに、いったいそれはどうなってしまうのでしょうか。  アブラハムは、このような神さまからの突然のご命令に対して、非常に悩み、苦しみました。恐らく、赤ちゃんのときのイサク、よちよち歩き回っていたときのイサク、あるいは神さまのお話を聞いて目をキラキラさせていたときのイサクを思い出しては、涙を流したのではないでしょうか。けれども、悩みに悩み、苦悩に苦悩を重ねた末、アブラハムは次のような信仰の確信を得ました。すなわち、神さまは意味もなく人間を苦しめるはずがないということ。それに、神さまは冷酷なお方ではなく、愛のお方であるということ。さらには、神さまは全能のお方であられるがゆえに、たとえイサクが死んでも、彼を生き...

聖句 書道

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写真2024.09.22

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ご 挨 拶   「人生は出会いで決まる」とは、ユダヤ人哲学者マルチン・ブーバーのことばです。人は誰と出会うかで、その人の生き方、人生が決まるというのです。 私の知る限り、イエス・キリストとの出会いによって、多くの人々が喜びと希望と感謝のある新しい人生に変えられています。 そこでいかがでしょうか。あなたもキリストにある新しい人生を私たちの教会で求めてみませんか。 あなたのご来会を、心よりお待ち申し上げております.                              牧師:黒田 明