聖書のお話2026.10.18
聖書:創世記25:29-34、27:5-10,41-46 題:主のみこころ 中心聖句:愚かにならないで、主のみこころがなんであるかを悟りなさい。」エペソ5:17 賛美:333 神の時の流れの中で おはようございます。先週は、アブラハムの二回目、やっと授かったイサクをモリヤの山で、主へのいけにへとして捧げる場面でした。緊迫したギリギリのところで、主なる神がアブラハムの手を止め、イサクのかわりに一匹の雄羊を与えて下さいました。みなさんもドキドキしたのでないでしょうか。主なる神は、このようにアブラハムの信仰を試すと共に、私たちの必要を満たすお方であることを学ばせて頂きました。 さて、今日は、アブラハムからイサクに移り、彼の家族の人間模様を見てまいります。イサクは、40歳の時、アブラハムの親族よりリベカを妻に迎えました。その時、すでに母であるサラは亡くなっていたということですので、イサクはその妻によって大きな慰めを受けました。しかしながら、リベカは「不妊の女であった」とあるように、彼らには子が与えられずにいましたが、祈りによって、やっと子が与えられたのです。 しかしながら、二人の子は、生まれる前から胎内でぶつかり合っていました。リベカは心配になり主のみこころをもとめました。すると、主は、次のことばを彼女に語られたのです。「二つの国があなたの胎内にあり、二つの国民があなたから分かれ出る。一つの国民は、もう一つの国民より、強く、兄が弟に仕える。」(創世記25:23)このように生まれるまえから二人の兄弟への預言が神から与えられていたのです。すなわち、「兄が弟に仕える」ということです。リベカは、そのことを心にあたためていたことでしょう。 さて、そのように預言された二人は、どのような人物へと成長していったでしょうか。二人は、双子といっても非常に対照的でした。兄のエサウは、毛深く、野の人で狩人となり、そして、弟のヤコブは、穏やかな人で天幕に住んでいたとあります。どちらかというとおとなしく、両親のそばで手伝いをしていたのでしょう。また、両親のそれぞれの子への愛情も違っていました。リベカはヤコブを愛し、イサクはエサウを愛していました。そのような事情は、兄弟関係にも陰を落としたことでしょう。そんな中で、ある事件が起きたのです。それがこれからの二人の人生の方向性をかたちづくっていきます...